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私絶対普通の生活に戻るもん

50代、訳あってマルチタスクで働いています。








両親を亡くした喪失感に思うこと

 自分の心を支えてくれる存在。

 
昼休みの同僚の話、
「2年前、母を失った友達が、仕事は続けているけれれど、誰にも会うキモチにはなれない、友達の集まりには出たくないと言っている。とても心配なんだ」
 
 
私も、6年前に両親が続けて亡くなった。
 

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いつまでも母を失った心の痛み(喪失感)から
誰にも会いたくないというキモチは分かる。
 
「喪失感は、依存度に比例する。」と
山田ズーニー先生の「おとなの小論文教室。」にあった。
 
自分は結婚して子供もいて、自立していたが、
両親の存在が心の支えになっている部分(依存度)が大きかった。
 
だから、父に続いて母が亡くなった時、
私を守っていてくれたひとがいなくなった、
どうしよう、どうしようとウロタエ、不安で押しつぶされそうな自分がいた。
 
母は、アルツハイマーで病院に入院していて
私が娘であるという以外は思い出せない状態で
とてもか弱くなってしまった母であった。
 
でも、母がいてくれるだけで、
護られている感はとても大きかった。
 
いや、確かに護られていたんだと思う。
 
例えば、私に悪意を向けてきている弟夫婦や叔父は
両親が生きている間は、決して悪意の牙をむき出さなかった。
 
まさに、両親の目の黒いうちは、だ。
 
母は、病気ですべてを忘れてしまう前に
病院で弟夫婦の私に対する悪意を教えてくれ、
弟夫婦には、十分気をつけろと警告してくれた。
 
叔父については、10年前に叔父の会社を手伝うと知ったときに、最低な男だから、そんな会社で働くなと忠告してくれていた。
 
そんな母を失った私は、
自分の周りのバリアが解除されたような恐怖を覚えた。
 
弟夫婦や叔父のように、
今まで私に手出しをしなかった輩が攻撃してくる。
 
武器を持ち自分で立ち向かっていかなければならない。
 
大丈夫なの?自分に何度も問いかけた。
 
そして、これが自立するということなんだと思った。

 

実は、6年経ってもいまだ両親の死は私の中で大きい。

 
しかし、私には子供がいる。
 
護るべきものなのである。
 
父も死ぬ前に「子供たちを何があっても護るんだ」と私に言った。
 
何もせずにやられる訳にはいかないのだ。
 
だから、新たなバリアも築き、
武器を持ち相手を蹴散らかさねばならない。
 
先の同僚の友達はお子さんがいないという事だ。
 
一概にその違いだけではないと思うが、
 
両親の死というものはなかなか克服できない。
 
たぶん私は、両親の死をぜんぜん克服できていない。
 
克服できていない私の上に、
 
子供を護らなければならないという決意が芽生えた。
 
だから、今、両親の死の悲しみの中に閉じこもらず、
子供たちを護るために、意識的か無意識か「外に出るのが億劫な私」を「外に出て戦いに行く私」に変化させている。
 
両親の死を受け入れることが
大人になるということかもしれない。

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