私絶対普通の生活に戻るもん

50代、訳あってマルチタスクで働いています。








『大切』は『つながっていよう』と思うキモチ--☆

先日、『君の名は。』を観た。

 
よく、生まれかわったら一緒になろうね
 
とか
 
離れ離れになっても、時がへだてても変わらぬ愛があるというよね。

 
確かに、私も親や子にはその
 
『大切』にしたいというキモチがある。
 
しかし、それ以外の人に対してはあるかな?
 
例えば、私にはふたりの弟がいるけど、
 
2歳下の弟を大切にしたいなんてキモチはいまやゼロ。
 
でも、歳の離れた弟は大切にしたいと思っている。
 
その違いは何か…。
 
かつて両親に裏切られたけど、そんなことは水に流し大切にしたいと思ったしね。
 
でも、2歳下の弟にはそんな感情はまったくもって起こらない。
 
血のつながりだけ。
 
大切にしたいというキモチは微塵もない。
 
はじめからなかったかどうかも分からない。
 
かつては誰よりも信頼していたのは 確かだ。
 
それも遠い話だ。
 
話は戻るんだけど、一度しか会ったことがない相手をあんなに大切にできる『君の名は。』はやっぱすごい。
 
例えば、私、夫に対しては『大切』というキモチを持ち続けられるか自信はない。
 
もしかしたら、今、とても『大切』な存在の娘達だけどそのキモチを維持できるのだろうかと正直思う。
 
そもそも私は大切にされているのだろうか。
 
多分、恋愛の延長に結婚があるのは、血のつながりのない相手を大切にしたいからなんだと思う。
 
でも、結婚は血のつながりがないもの同士を婚姻という形で結びつけているから、危うくもある。
 
どんなに離れていても、ココロの奥底に大切に思う、思われることは素敵なことだ。
 
私は、ここのところ、幸か不幸か、自分を大切に思ってくれている人の存在を見極めた。
 
この世に生まれて56年、いろいろな出会いがあった。
 
そして、今、人生の岐路にたち、本当に自分のことを『大切』に思っていてくれる人が誰かを知った。
 
そして、私自身は人を大切に思っているのどうなのよって思っている。
 
『大切』の度合は人によってちがう。
 
でも、『大切』は『つながっていよう』と思うキモチがある。
 
それは、血のつながりなんか関係なく。
 
自分の終わりが見える歳になったからこそ思う。
 
『大切』な人たちと『つながっていよう』と思う。
 
ある意味、ふるいにかけてよかったと思う。
 
若い頃のドキドキワクワクは、なんの役にもたたないことか今なら分かる。
 
もっと早く見極められたなら、無駄な時間は必要なかったのに。
 
娘たちには『大切』と『つながっていよう』と思うキモチがお互いに持てるひとに出会って欲しい。
 
私の初恋はある意味男を見る目がなかったんたよね。
 
いま思うとロクでもないものばかり。
 
今更そんなことわかってもしかたないし、とても無駄な時間だったと後悔している。
 
だから恋は盲目とよくいったものだ。
 
でもそんな私にも『大切』は『つながっていよう』って思う人々かいたことに感謝し、これからも『大切』に『つながっていよう』と思う。
 
それが一度しかない人生を有意義に過ごすコツだと思う。
 
 
ありがとうございます(◍•ᴗ•◍)
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