私絶対普通の生活に戻るもん

50代、訳あってマルチタスクで働いています。








人と私のつながり--☆

あることがキッカケで私は両親に捨てられたと思った。

 

だから私は両親に一切会うことをやめた。

 

両親の私へのキモチが信じられなくなったから。

 

私はなにも変わっていない、

 

私をとりまく環境が両親の意にそぐわなかっただけなのに。

 

だけど、両親はそんな私を放り出した。

 

私はそんな両親を自分からも切り捨てた。

 

いつかは悲しい別れがくるんだからそれが今だと思えばいいと思い込んだ。

 

それから3年経ったある日突然に両親が私のところに押しかけてきた。

 

その日は娘の運動会でムリだと断った。

 

でも、その運動会のシートの上にふたりが現れた。

 

あんなに毛嫌いしている私の夫となごやかに笑って話をしている。

 

なんなんだー。

 

今までの3年間はなんだったんだろう…。

 

そして何事もなかったように実家との行き来が再開された。

 

でもそんな日々が1年経った頃父と喧嘩して、やっぱりムリだと思い

 

実家を出ていこうとした時父が

 

「こんなにお母ちゃんがお前のことを心配しているのに

 

電話ひとつかけてこうへんで。お前ってやつは。

 

お前が来なくなっおかあちゃんは寝てばかりの日々が続いたんや。

 

そしてある日お前たちに会いたいって言い出したんや。

 

分かるか、おかあちゃんのキモチ?

 

お前が困っているときにお金をだしたんやておかあちゃんや。

 

出ていってもええ、せめてお母ちゃんの誕生日くらい連絡してこいや」

 

私は反論した

 

「一番信じていた人に裏切られたキモチって分かる?

 

大丈夫助けてあげるって言われて、当日突然突き放されたキモチって?」

 

走馬灯のようにあの時のやり取りが頭を巡った。

 

その時わたしは、わけの分からない飲み屋の女性には

 

お人好しにお金を貸す両親が窮地の私を切り捨てたことが許せずにいた。

 

お金が絡むと血のつながりなんてあってないようなもの。

 

そして、あることを思い出していた。

 

母の兄が事業に失敗して数万でも良いからお金を貸してくれと電話がかかってきた。

 

父は自分の末弟の大学の学費のために数百万を親に貸していて、それは結局返してもらえなかった。

 

だから、母は、その金額比べれば大したことがないので自分の兄に貸してくれると思っていた。

 

すると父はだめだと言った。

 

そして、母は兄に断ったところ、その日をさかいに兄は失踪してしまい、未だに家族のもとに帰っていない。

 

そのことを母はずっと悔やんでいた。

 

因果応報。

 

私は両親の財産を独り占めを画策した弟に意見したら縁を切られた。

 

最初は、彼の妻の差し金であり、彼はそんなこと微塵も考えてないと信じてた。

 

でも、彼自身の意志で私を切り捨てたということを叔母に教えてもらった。

 

私は誰よりも一番近くにいた弟を信頼していた。

 

最初、頭の中にプチパニックを起こし、今まで感じたことのない感覚に陥った。

 

その日以来、私には2つ違いの弟などいなかったことにした。

 

父の実の3番目の弟ははじめから私に金を支払わないつもりでいたし、私をずっとだましていた。

 

s.ameblo.jp

 

そのことで、父の末の弟である叔父に助けを求めた伝言をしてが、この1年間なんの連絡もなかった。

 

彼の妻がわざと伝言していないからしょうがないと信じていたが、本人の意志であったと判明した。

 

その叔父は私をたいへんかわいがってくれたし、なにより私の両親が彼の学費を全額負担していたので当然助けてくれると思っていたことが、甘かった。

 

もう、血のつながりなんてなんの意味ももたないと心がズタズタな私を叔母の言葉が救ってくれた。

 

「気にすることあらへん、病気が再発したときにとってたお金や。

もっと助けてあげられへんでごめんね。

気にせんと楽しいこといっぱい考えてがんばりや」

 

血なんかじゃない、その人と私のつながりだとあらためて思った。

 

そして、それを繋いでくれた両親の偉大さ。

 

涙がとまらない。

 

 

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